第三段が仏教で説く「無常」を示しているのだと思います。「無常感」に対して「無常観」といっています。
およそ物質的現象というものは、すべて、実体がないことである。およそ実体がないということは、物質的現象なのである。
「色即是空空即是色」
「色=空」「色⇔空」ということを理解することです。理解といっても、単なる知識ではなく、「般若」としてつかむことです。私の体は常に変化し続け、いつかは滅してしまう、死んでしまうという知識として、客観的に理解するのではありません。人間いつかは死んでしまう、哀れなものだと詠嘆的、虚無主義的に嘆くのでもありません。主体的に「ほかならぬこの私」が無常なのだと見すえ、「無常なる」生き方をすることです。観自在菩薩が、「五蘊皆空なりと照見して、一切の苦厄を度した」境涯です。「今」を重視して生きることです。
「一夜賢者経」と名づけられたお経があります。
過ぎ去れるを追うことなかれ
いまだ来たらざるを念うことなかれ
過去、そはすでに捨てられたり
未来、そはいまだ到らざるなり
されば、ただ現在するところのものを
そのところにおいてよく観察すべし
揺ぐことなく、動ずることなく
そを見きわめ、そを実践すべし
ただ今日まさに作すべきことを熱心になせ
たれか明日死のあることを知らんや
まことに、かの死の大軍と
逢わずいうは、あることなし
よくかくのごとく見きわめたるものは
心をこめ、昼夜おこたることなく実践せん
かくのごときを、一夜賢者といい
また、心しずまれる者とはいうなり
(増谷文雄訳『阿含経典第五巻』)
日常生活において、「揺ぐことなく、動ずることなく」「ただ今日まさに作すべきことを熱心に」「昼夜おこたることなく実践」する、という境地に達するには並大抵のことではありません。日々の精進があってはじめて実現するものと思います。
第一段あるいは第二段から第三段にいたる過程には時間的な隔たりを読み込むべきでしょう。修行という過程があるのだと思います。
仏教の教えを学び、坐禅を実践し、念仏を修する。学んだ教えを実際の日常生活において応用し、それを反省・懺悔し、また実践し、というサイクルを繰り返す。その過程の中で徐々に教えが身に付き、意識しなくとも正しい生き方ができるようになるのではないでしょうか。
ただし、私たち日本曹洞宗では、修行を積み悟りを開くとは考えていません。ひらめきや直観というような心の状況・風景はあると思います。ある体験、ある心理状況を経て生き方ががらりと変わる場合があることを否定はしません。しかし、それが「悟り」ではありません。
開祖道元禅師は「修証不二(しゅしょうふに)」「修証一等(しゅしょういっとう)」と示しておられます。「修」は修行、「証」は悟りのことで、修行と悟りは別のものではなく、分けられない一体のものだというのです。修行を積み、その結果悟りにいたるのではなく、修行すること自体が悟りだというのです。修行という手段によって悟りという目的にいたるのではないのです。目的と手段が同一なのです。
私たちはとかく手段と目的を分けて考えます。
人助けをしたいから金持ちになりたい。だから今は金もうけに精を出すべきだという人がいます。こういう人は結局人助けはしないでしょう。「お金があるくせに人助けもせず利己的な生き方をしている」と、かつて自分自身が批判していたような人になってしまうでしょう。手段が目的になってしまうのです。人助けをしたいのならば、今できる範囲で行えばよいのです。
トロイアの遺跡を発掘したシュリーマンの生涯は手段が目的になってしまわなかったまれな例です。
彼は、八歳のときにクリスマスプレゼントにもらった歴史の本のさし絵に魅了されます。トロイア戦争の絵で、架空のものといわれていたトロイアの都をいつか発掘しようと強く心に誓います。発掘の費用を稼ぐため、熱心に商売に励みながら独学で十数か国語を習得します。ロシアで藍の商売を手がけ巨万の富を得たシュリーマンは、四十八歳のときに発掘を始め、一年後、ついにトロイアの遺跡を掘り当てます。その後、ミケーネ文明の遺跡の発掘にも成功し、エーゲ文明研究の端緒を開きました。
発掘の費用を得るための財をたくわえるうちに、目的であった遺跡発掘の夢を忘れてしまうというのが一般的なケースです。シュリーマンはその目的を忘れず偉大な発見をしました。その秘密はどんなところにあったのでしょう。
道元禅師の「修証不二(しゅしょうふに)」「修証一等(しゅしょういっとう)」という教えは、「本証妙修(ほんしょうみょうしゅ)」という立場に立ったものです。凡夫が修行して仏になるというのではなく、修行そのものが仏の行だ、というのです。坐禅を行じて仏になるのではなくて、すでに仏であることに気づかされた上での修行が坐禅ということです。坐禅を修することが仏行だといわれるのです。「証上の修」という言い方もされておられます。
では人間はもともと悟っているのか、という問題に突き当たります。これは修行中の禅師にとっての最大の問題でした。禅師は比叡山で出家し、修行されておられました。比叡山の天台宗の教えでは、人間は本来仏であると説いていました。それならば、なぜ人間は修行をしなければならないのか、というのが禅師の疑問でした。この疑問を解決するために中国に渡ったとも伝えられています。
人間はもともと悟っている、本来仏なのだというのは、人間という「存在」にあるのではないと思います。
たとえば、ドイツ観念論を代表する哲学者ヘーゲルによれば、「人間が人間として客観的に実現されるのは、労働によって、ただ労働によってだけ」ということになります。これをマルクスが受け継ぎました。人間は、生産関係において「生産したもの」を媒介として、自己の本質を見る、というのです。ヘーゲルとマルクスは、「労働」という行為に人間の本質を見ました。本質としての自己が存在したとして、それはそのままでは認識することはできません。女性ならば誰でも母性愛を持っているのでしょうが、それは子どもをもってはじめて現れて、自己の本質としてつかむことができるのです。もともとあるのだとは思いますが、そのような人間関係の中に置かれなければ、あることを証明することはできません。
シュリーマンは、子どものときの夢に自己の存在を確信したのでしょう。夢を実現できるだろうか、無理だろうか、ではなく、すでに彼の中では夢は現実だったのでしょう。実際に遺跡を発見しなければ、存在を証明することはできませんが、彼の中では遺跡は存在していたのです。それほどに子どものときの体験は強烈なものだったに違いありません。
人間がもともと悟っている、本来仏なのだというのは、人間の「行為」にあるのです。道元禅師は「修行」という行為に人間の本質を見たのだと思います。「弁道話」の中で、「この法は、人々の分上にゆたかにそなはれりといへども、いまだ修せざるにはあらわれず、証せざるにはうることなし」と人間の本質として「この法」すなわち「仏」(「仏性(ぶっしょう)」)を示しておられます。「修」「証」という行為をとおして、はじめて人間は仏であることに気づき、悟りの中にいることを知るのです。
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