「新しい」と銘打つ本書の特徴は、サンスクリット・テキストを精査し、また「空」の思想を確立した龍樹の『中論』に詳しい著者が、『般若心経』を行の実践書として、「時間」を解釈の軸に据えたことです。
「色即是空、空即是色」は、俗なるものとしての色が否定され、聖なるものとしての空性にいたる過程である「色即是空」、空性(悟り)にいたった瞬間、空性によって聖化された俗なる色に帰ってくる「空即是色」を示す修行の過程を示すものと解釈されています。
これは、「修行」は時間の巾をもった「行為」であり、単なる見方の転換ではないことを示しています。
そして、『般若心経』は、「般若波羅蜜多」に依ってすべてのものを否定し空性にいたり、俗なるもの(空性にいたる前の俗なるものとは異なる)に戻り、また空性にいたり、という行を不断に行うことを薦めていると、結論が呈示されています。
また、意味がよくわからないとされる最後の真言についても、行をおこない、ある境地に至った行者が、その境地にできるだけ長く留まるために唱えるものが「真言」であり、悟りへの道でもあり結果でもある「般若波羅蜜多」に対する呼びかけであると、納得のいく説明が与えられています。
『般若心経』の解釈には、正誤はないと思われますが、本書は説得力のある読み方の一つを示していることは間違いのないところでしょう。
ところで、『般若心経』の解釈においては、「空」についての理解が不可欠ですが、インド、チベット、中国、日本で、「空」がどのように解釈されてきたかを詳しく知りたい方は、同氏の著書
『空の思想史』2003年、講談社学術文庫を読まれるとよいと思います。
(ただし、本書との重複も少なくないので、その点はご留意ください)
著者 立川 武蔵
1942年、名古屋生まれ。
名古屋大学文学部卒業。
ハーバード大学大学院でPh.D取得。
名古屋大学教授を経て、国立民族学博物館教授。
専攻は、仏教学、インド学。
著書 『中論の思想』『はじめてのインド哲学』『日本仏教の思想』『最澄と空海』他、多数
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